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引き染め



染めの技法のひとつで、刷毛を引いて染めることから「引き染め」と呼ばれる。

反物の端を張り木で挟み、伸子で引き伸ばして張るように広げ、「引き刷毛」と呼ばれる専用の刷毛に染料を含ませて、一気に染めていく。
広い面積を染色できるが、気象条件や気温や湿度、布の高低差などによる染料の偏りで染めむらができることもある難しい染め方のため、豊富な経験と染料に関する知識などが必要とされる。

東京都練馬区のある道路を一本入った路地。
親子2人で切り盛りする風情ある佇まいの引き染め工場がある。

こちらの引き染め工場で65年にわたり引き染めの職人をされてきたご主人にお話をうかがった。


すべて的な


--- まず初めの質問ですが、どんな仕事でしょうか?

職人: 何の仕事?友禅の着物の地染めだからね。僕らはね。刷毛を使って均一に平均にね、長いやつ(反物)に染めてくってやつ。

--- 職人歴は何年ぐらいになるんですか?

職人: 僕が今85だから・・・。

--- 85なんですか!

職人: そう、85だと二十歳でやって・・・なんだ・・・65年か?

--- ああ!そうなんですね!65年ていうと戦争が終わってすぐなんですか?

職人: そう、すぐ!

--- それでずっとここの工場で修業も含めて。

職人: そういうこと、そういうこと。

--- じゃあ親父さんか誰かに技術を教わった、という事なんですか?

職人: そうそうそう。 終戦直後はね、ものすごく忙しくてね。なんていうんだろ、みんな抑制されてたから。着物は贅沢品だったから。戦争中はだってそういうもの作ってもいけない、着てもいけないってね。 七.七禁止令(しちしちきんしれい)とかあってね。こういう染料も外国製だから輸入もできないし。それで絹製品なんて贅沢品だから、そういうものも無かったからね。だから、在庫の古い、皆さんが持ってるやつ(着物)のそれを色を抜いてね、抜き屋さんがいて色を抜いて、それで染めてたってこと。

--- そうなんですね!それが普通だったんですか?

職人: 普通だった。古いやつだからさ、もうビリビリになって破けちゃうんだよね。

--- 抜いたり染めたりしてると?

職人: うん、そう。もう抜いただけで破けちゃう。だから水に浸けとくとね、生地が無くなっちゃうようになる。それでもお客さん着たかったんだよね。

--- そうだったんですね~。

職人: うん、だから本当に大変だった。


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--- それは戦後国民が自由になって、染めて欲しいっていうお客さんが殺到したって言う事ですか?

職人: まあそうだね。今度はお客さんじゃなくて、問屋さんが復活して、中間業者っていうかな、要するに着物の仲買いじゃないけどね、その職人と問屋さん(のあいだ)を行ったり来たりして、仕事を受注してもらってきて、それを自分でデザインを考えて、そのデザインを持っててね、それであの、各職人さんに仕事を配ってる人がいたんだよ。悉皆屋(しっかいや)さんていうんだけどね。その人たちがやってたの。それで我々はその仕事をもらってたの。 自分から直に受注はできなかったから。問屋さんに入れない、職人はね。そういうルールがあったから。まあそういうことです。

--- その時代から使っている道具など、ほとんどは変わっていないと思いますけど、今で言うストーブが火鉢であったりとか、今便利に使っているものが無かったりしましたよね?

職人: そうそうそう、ストーブは炭だよね。だから炭をおこしてやるから、炙ってると、火花がパチパチ飛ぶとね、生地に穴が開いちゃうんだよ。だからそのために炭の上に塩をまいてね。塩を撒くと火花がおさまるんだ。

--- へえ~そうなんですね!

職人: それで炭が(燃えて)だんだん無くなってくると灰ができるじゃない?それがポウッと飛ぶと、色が抜けちゃうんだよ。

--- あ、生地に飛んで付着すると?

職人: そうそう、だから昔の人はそうやって苦労しながらみんな染めてた。 終戦後も戦前もそういうやり方だったからね。今でこそこういう道具が出来たからね。だから昔の人は相当苦労してるわけよ。

--- でも基本的な道具などは全部変わらないですもんね。

職人: そう、ぜんぶいっしょ。


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--- 当時職人さんはもっとたくさんいる体制だったんですか?

職人: そうそうそう、職人さんいっぱいいた。

--- どのぐらいいたんですか?

職人: うちには他に4人ぐらいいた。 ぼくらが知ってるよりもっと前の人は、職人さんが一つにまとまってて、それから親方がいて、「あそこの工場が人が足りないからお前あっちいけ、こっちいけ」ってそういうのがあったらしい。そういうのを聞いたことがある。

--- そうなんですね~。 この建物はずっと変わらないんですか?

職人: いやこれはもう今から40年前ぐらい前に建て直した。その前はもっともっとボロッちい小屋だった。

--- 因みにご主人は何代目になるんですか?

職人: 僕は2代目(息子さんが3代目)

--- では親父さんから始まって・・・。

職人: そうそうそう。

--- 仕事をしていて大変な事はありますか?

職人: 仕事をしてて?う~ん、ほとんど毎日が勉強だから。気が抜けないよ。大変とは言えねえよな。

--- 未だに思い通りにいかない事とかありますか?

職人: いやあるある。

--- 色が思い通りに出ないとか?

職人: そうそうそう。

--- 確かに薄ーい色とかを合わせるのは大変ですよね。

職人: 大変だよ。

--- 逆に仕事をしていて嬉しい事とか楽しい瞬間とかありますか?

職人: いや~苦労して染めが思ったよりよく上がるとね、あ~うれしいな~と思うというかホッとするっていうやつだな。う~ん。

--- お客さんと直接やり取りする機会はないですよね。

職人: 直接は無いから。ただ今なんかでいうイベントってやつね。そういうやつに時々ほら、見に来てくれる?とか言われて見に行くぐらいだよ。

--- 売り場ですか?

職人: 展示会。

--- ご主人なりに仕事の中でこだわってる事ってありますか?

職人: いや~ないな!

--- ええっ!ない?

職人: ふつ~うにやってるって事だけだ!

--- (笑)意外とさっぱりしてますね。

職人: そうそう。段々とね、仕事がね、少なくなるし。ほらこうやって85でも丈夫だし。普通の同年代の人には絶対負けないからね。

--- そうですよね~。この業界の中でも元気だと思いますよ!

職人: まだ目もしっかりしてるし、耳も良く聞こえるし。口も達者だしハッハッ。歩くったって、時々つまづくけどね。

--- 足取りもしっかりしてますよね。

職人: 足取りもしっかりしてないと向こうからこっち(工場の端から端)まで平均に染められないよ。ね!そうしないとムラになっちゃう。


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--- 今後の着物業界についてご主人はどう考えていますか?

職人: わかんないな~先の事は。僕ら職人はさ、どう考えてますったって言われても、お得意先がもう廃業したりね。仕事が少ない事になって自分がダメになっちゃうから。あと自分たちの後継者がいないとね。この業界は一軒で全部できるんじゃないからさ。一軒が廃業したりしちゃうとダメなんだよね。うちは仕事に対して意欲のあるお得意先があるからね。何とか仕事がまだ続いてるけど。先の事は分からないな。

--- どういうふうになっていったらいいな~とかあります?

職人: いやも~自分ではもうそういう意欲は無いんだよ。

--- もう長くこの仕事をやってきているわけですもんね。

職人: これ以上この仕事、続くかどうかわからない。今んとこ自分の健康のためにやってるみたいなもん(笑)まあそんなことよ。

--- 最後にご主人にとって伝統とは?

職人: う~ん難しい質問だよな~。まあ伝統とはひとつのあの~なんだ、日本の昔からある文化を継承していく事だよね。まああんまり難しい事は考えない。

--- (笑)それが信条なのかもしれないですね。


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文・木下恭兵

Kyohei Kishita
色無地着物千花/chihana kimono
http://chihana.com/


写真・田中誠

Makoto Tanaka
Photographer http://tanakamakoto.com/